叶わないと分かっていても、語り続ける
「人間は自由なものとして生まれた。しかし、いたるところで鎖につながれている」
— 『社会契約論』第1篇第1章L'homme est né libre, et partout il est dans les fers.
ルソーは自己愛を二つに分けた。ひとつは自分を大切にする素朴な感情。もうひとつは他人と比べて優位に立ちたいと願う虚栄心。人を苦しめるのは後者のほうだ、と彼は言う。「自然に帰れ」とは山に住めという話ではなく、比較から降りて、自分本来の姿を取り戻せという意味だった。
「未開の人は自分の中に生きる。社会に生きる人はつねに自分の外にいて、他人の意見の中でしか生きられない。自分が存在しているという感覚さえ、他人の判断から引き出している」
le sauvage vit en lui-même ; l’homme sociable toujours hors de lui ne sait vivre que dans l’opinion des autres, et c’est, pour ainsi dire, de leur seul jugement qu’il tire le sentiment de sa propre existence
1755年の文章である。SNSが作った病ではない。もともとあったものが、見えやすくなっただけだ。
「ある土地に囲いをして「これは俺のものだ」と言うことを思いつき、それを信じるほど素朴な人々を見つけた最初の者が、社会の真の創立者であった」
Le premier qui, ayant enclos un terrain, s’avisa de dire : Ceci est à moi, et trouva des gens assez simples pour le croire, fut le vrai fondateur de la société civile
格差は人間の本性ではなく、ある日誰かが始めた取り決めにすぎない、という見方。始まりがあるものには、終わりもありうる。
「考えこむという状態は自然に反した状態であり、思索する人間は堕落した動物である」
l’état de réflexion est un état contre nature, et que l’homme qui médite est un animal dépravé
考えることを職業にした人が書いている。だから効く。反省が足りないのではなく、多すぎる日もある。
「欲望のままに動くことは奴隷状態であり、自分で自分に課した掟に従うことが自由である」
l’impulsion du seul appetit est esclavage, & l’obéissance à la loi qu’on s’est prescrite est liberté
したいことを全部する状態を、彼は自由と呼ばなかった。自由とは、自分で引いた線を自分で守れることだった。