哲学者図鑑
情・受・己・先
内なる巡礼者

遠くへ行った末に、内側へ帰る

フランツ・カフカの似顔絵

フランツ・カフカ

1883年〜1924年(プラハ) / 凍った海を砕く斧を

「本は、私たちの内なる凍った海を砕く斧でなければならない」

— オスカー・ポラック宛書簡(1904年1月27日)

ein Buch muß die Axt sein für das gefrorene Meer in uns

彼自身は何も変わっていない。世界の見え方だけが変わった。
意匠:本人は端正な身なり。影だけが虫の形をしている

あなたへ

働けなくなった自分に、価値はあるのだろうか。そう思ったことがあるなら、カフカはあなたの側にいます。彼が書いたのは、ある朝虫になって出勤できなくなった男の話です。虫になったことより恐ろしいのは、そのあと家族が少しずつ彼を厄介者として扱いはじめることのほうでした。彼は励ましません。大丈夫だとも言いません。ただ、あなたが薄々気づいていたことを、正確に書いています。それが読めるだけで、少し息がしやすくなることがあります。

この人はこう考えた

昼は保険局の事務員、夜は作家。引き裂かれたまま生涯を終えた。彼が書いたのは、ある朝目覚めたら虫になっていた男の話だ。働けなくなった瞬間に家族から疎まれていくその姿は、「役に立つかどうか」で自分の値打ちを測ってしまう私たちの不安そのものでもある。慰めではなく、衝撃を求める人のための作家。

こういうときは、この言葉

朝、どうしても起き上がれないとき

「グレーゴル・ザムザがある朝、落ち着かない夢から目を覚ますと、自分がベッドの中で一匹の巨大な虫に変わっているのに気づいた」

Als Gregor Samsa eines Morgens aus unruhigen Träumen erwachte, fand er sich in seinem Bett zu einem ungeheueren Ungeziefer verwandelt.

— 『変身』冒頭

理由も経緯も書かれていない。ただ、そうなっている。そこがこの一行の正確さである。

仕事に潰されそうなとき

「ああ、なんてくたびれる仕事を選んでしまったんだろう。来る日も来る日も出張だ。乗り継ぎの心配、不規則でまずい食事、いつも相手が変わって長続きせず、少しも心の通わない人づきあい。何もかも悪魔にさらわれてしまえ」

Ach Gott, was für einen anstrengenden Beruf habe ich gewählt! Tag aus, Tag ein auf der Reise. ... die Sorgen um die Zuganschlüsse, das unregelmäßige, schlechte Essen, ein immer wechselnder, nie andauernder, nie herzlich werdender menschlicher Verkehr. Der Teufel soll das alles holen!

— 『変身』第1章

虫になった直後、彼が最初に考えたのは仕事のことだった。100年前に書かれた、営業職の独白である。

役に立たなくなった自分に、居場所がない気がするとき

「このままではやっていけません。あの怪物を前にして兄の名を口にしたくないので、こう言います。わたしたちは、あれを厄介払いしなければならない」

so geht es nicht weiter. ... Ich will vor diesem Untier nicht den Namen meines Bruders aussprechen und sage daher bloß: wir müssen versuchen es loszuwerden.

— 『変身』第3章

いちばん親身に世話をしていた妹が、いちばん先にこれを言う。カフカは家族を悪人として書かなかった。だから怖い。

許可が下りるのを、ずっと待ってしまうとき

「ここには、ほかの誰も入ることはできなかった。この入口は、お前だけのために定められていたのだから。わたしはもう行く。そして、これを閉める」

Hier konnte niemand sonst Einlaß erhalten, denn dieser Eingang war nur für dich bestimmt. Ich gehe jetzt und schließe ihn.

— 「掟の門」

門の前で一生待った男が、死ぬ間際に聞かされる。門は開いていた。誰も止めてはいなかった。

入口になる本

入口
変身
カフカ/高橋義孝 訳(新潮文庫)
短い。一晩で読める。読み終えたあと、自分の「機能していない日」の見え方が変わる。
まず読むなら1行目から。あの有名な一文が、そのまま冒頭に置かれている
読み終えると「機能していない日の自分」の見え方が変わる
向かないのは救いを求めて読む本ではない。弱っている日は、先に短篇のほうがいい
本命
カフカ短篇集
カフカ/池内紀 編訳(岩波文庫)
長編に入る前に、彼の不条理の呼吸に慣れることができる。
まず読むならいちばん短いものから。1篇が数ページで終わる
読み終えると不条理を「理不尽」ではなく「そういうものだ」として受け取れるようになる
向かないのは話に結論を求める人。多くの短篇は、答えを出さないまま終わる
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