遠くへ行った末に、内側へ帰る
「本は、私たちの内なる凍った海を砕く斧でなければならない」
— オスカー・ポラック宛書簡(1904年1月27日)ein Buch muß die Axt sein für das gefrorene Meer in uns
昼は保険局の事務員、夜は作家。引き裂かれたまま生涯を終えた。彼が書いたのは、ある朝目覚めたら虫になっていた男の話だ。働けなくなった瞬間に家族から疎まれていくその姿は、「役に立つかどうか」で自分の値打ちを測ってしまう私たちの不安そのものでもある。慰めではなく、衝撃を求める人のための作家。
「グレーゴル・ザムザがある朝、落ち着かない夢から目を覚ますと、自分がベッドの中で一匹の巨大な虫に変わっているのに気づいた」
Als Gregor Samsa eines Morgens aus unruhigen Träumen erwachte, fand er sich in seinem Bett zu einem ungeheueren Ungeziefer verwandelt.
理由も経緯も書かれていない。ただ、そうなっている。そこがこの一行の正確さである。
「ああ、なんてくたびれる仕事を選んでしまったんだろう。来る日も来る日も出張だ。乗り継ぎの心配、不規則でまずい食事、いつも相手が変わって長続きせず、少しも心の通わない人づきあい。何もかも悪魔にさらわれてしまえ」
Ach Gott, was für einen anstrengenden Beruf habe ich gewählt! Tag aus, Tag ein auf der Reise. ... die Sorgen um die Zuganschlüsse, das unregelmäßige, schlechte Essen, ein immer wechselnder, nie andauernder, nie herzlich werdender menschlicher Verkehr. Der Teufel soll das alles holen!
虫になった直後、彼が最初に考えたのは仕事のことだった。100年前に書かれた、営業職の独白である。
「このままではやっていけません。あの怪物を前にして兄の名を口にしたくないので、こう言います。わたしたちは、あれを厄介払いしなければならない」
so geht es nicht weiter. ... Ich will vor diesem Untier nicht den Namen meines Bruders aussprechen und sage daher bloß: wir müssen versuchen es loszuwerden.
いちばん親身に世話をしていた妹が、いちばん先にこれを言う。カフカは家族を悪人として書かなかった。だから怖い。
「ここには、ほかの誰も入ることはできなかった。この入口は、お前だけのために定められていたのだから。わたしはもう行く。そして、これを閉める」
Hier konnte niemand sonst Einlaß erhalten, denn dieser Eingang war nur für dich bestimmt. Ich gehe jetzt und schließe ihn.
門の前で一生待った男が、死ぬ間際に聞かされる。門は開いていた。誰も止めてはいなかった。