哲学者図鑑
情・受・己・今
今を味わう人

明日を心配する前に、今日の茶を飲む

ミシェル・ド・モンテーニュの似顔絵

ミシェル・ド・モンテーニュ

1533年〜1592年(フランス) / 踊るときは、踊る

「踊るときには、踊る。眠るときには、眠る。美しい果樹園をひとりで歩いていて、考えがよそ事にそれていったなら、私はそれを散歩へ、果樹園へ、この孤独の心地よさへ、そして自分自身へと連れ戻す」

— 『エセー』第3巻 第13章「経験について」(De l'experience)

Quand je dance, je dance ; quand je dors, je dors ; voyre et quand je me promeine solitairement en un beau vergier, si mes pensées se sont entretenues des occurences estrangieres quelque partie du temps, quelque autre partie je les rameine à la promenade, au vergier, à la douceur de cette solitude et à moy.

彼は「こういう人間だ」ではなく「いま変わりつつある」を描いた。乾いた絵は、もう彼ではない。
意匠:首から下げた小さな自画像。絵の具がまだ濡れていて、どうしても乾かない

あなたへ

あなたはたぶん、いまここに居るのが、そんなに下手ではない。食べているときは食べているし、湯に浸かっているときは湯に浸かっている。ただ、それを自分の取り柄だとは思えない。もっと先を見て動くべきなのに、と思っている。去年の自分と今年の自分で言うことが変わってしまったのも、気にしている。芯が無いのではないか、と。この人は、そのどちらも問題にしません。あなたが一貫していないのは、欠陥ではなく、まだ途中だからです。

この人はこう考えた

モンテーニュは、30代の終わりに法官の職を離れ、屋敷の塔の書斎にこもって、自分自身のことだけを書き続けた人です。書いたのは体系ではなく、その日の自分でした。気が変わればそう書き足し、前と食い違っていてもそのまま残した。「私は存在を描かない。移り行きを描く」。だから『エセー』には結論がありません。あるのは、揺れている人間をそのまま写した記録です。自分がぶれることに耐えられないとき、この人は直し方を教えません。かわりに、ぶれたまま残された一冊を差し出します。

こういうときは、この言葉

去年と言っていることが違う、と自分を疑うとき

「私は存在を描かない。移り行きを描く。歳から歳へという移り行きではなく、世間の言う7年ごとでもなく、日から日へ、分から分への移り行きを」

Je ne peints pas l’estre. Je peints le passage : non un passage d’aage en autre, ou, comme dict le peuple, de sept en sept ans, mais de jour en jour, de minute en minute.

— 『エセー』第3巻 第2章「後悔について」(Du repentir)

変わったのは、ぶれたからではない。日付が変わったからです。

まだ起きていないことが不安で、夜に目が覚めるとき

「苦しむことを恐れる者は、恐れているというそのことで、もう苦しんでいる」

Qui craint de souffrir, il souffre desjà de ce qu’il craint.

— 『エセー』第3巻 第13章「経験について」(De l'experience)

痛むのは一度で足ります。予習の分は、払わなくていい。

何も成し遂げていない、と焦るとき

「我々の偉大で輝かしい傑作、それは適切に生きることである。ほかのすべて、統治すること、蓄えること、建てることは、せいぜいその付属物か補助物にすぎない」

Nostre grand et glorieux chef-d’œuvre c’est vivre à propos. Toutes autres choses, regner, thesauriser, bastir, n’en sont qu’appendicules et adminicules pour le plus.

— 『エセー』第3巻 第13章「経験について」(De l'experience)

今日を過ごしたことが本体で、実績はその付録のほうです。

人に合わせているうちに、自分の時間が無くなったとき

「この世でいちばん大きなことは、自分が自分で居られることを知っていることだ」

La plus grande chose du monde, c’est de sçavoir estre à soy.

— 『エセー』第1巻 第39章「孤独について」(De la solitude)

ひとりになるのは逃げではなく、練習して身につける技能のほうです。

専門家でもないのに語ってよいのか、と黙ってしまうとき

「私の職業、私の技術は、生きることである」

Mon mestier et mon art, c’est vivre.

— 『エセー』第2巻 第6章(De l'exercitation)

生きた年数の分だけ、あなたには現場の経験があります。

入口になる本

入口
寝るまえ5分のモンテーニュ 「エセー」入門
アントワーヌ・コンパニョン/山上浩嗣・宮下志朗 訳(白水社、2014年)
『エセー』の主題を40の短い章に分け、モンテーニュ自身の言葉を大量に引きながら案内する本です。194ページと薄く、1章が数ページなので、原典に入る前の地図として使えます。
まず読むなら目次を眺めて、いまの自分に刺さる章題ひとつから。前から順に読む必要がありません
読み終えると『エセー』のどの巻のどの章に自分の関心があるのかが分かる
向かないのはモンテーニュ本人の文章から入りたい人。これは解説者が書いた本です
本命
エセー 7
ミシェル・ド・モンテーニュ/宮下志朗 訳(白水社、2016年)
今日の引用のうち3つが入っている第3巻第13章を含む、第3巻後半5編の巻です。新訳全7巻の完結巻で、7巻通しの索引と年譜が付きます。374ページ。
まず読むなら巻末の第13章から。「踊るときには、踊る」はこの章の一節です
読み終えると「適切に生きる」が精神論ではなく、日々の具体的な選び方の話だと分かる
向かないのは第1巻から順に通読したい人。これは最後の巻です
本命
エセー 全6冊セット
モンテーニュ/原二郎 訳(岩波文庫)
全訳が文庫で揃うセットです。全6冊2,224ページ。第6冊に第3巻第10〜13章が入るので、今日の引用の大半はその1冊にあります。
まず読むなら第6冊の最終章から。気に入ったら第1冊に戻ればよく、順に読む義務はありません
読み終えるとモンテーニュが同じ話題を巻をまたいで何度も書き直していることが見える
向かないのはすぐ手に入れたい人。版元の書誌ページで在庫僅少と表示されています
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