理・受・己・先
達観の航海士
嵐の只中でも、海図を畳まない
マルクス・アウレリウス
121年〜180年(ローマ帝国) / 荒れた日ほど、自分に書く
「岬のようであれ。波は絶え間なくそこに砕ける。だが岬は立ったままで、その足もとでは荒れ狂った水が眠りにつく」
— 『自省録』第4巻 49
Ὅμοιον εἶναι τῇ ἄκρᾳ, ᾗ διηνεκῶς τὰ κύματα προσρήσσεται· ἡ δὲ ἕστηκε καὶ περὶ αὐτὴν κοιμίζεται τὰ φλεγμήναντα τοῦ ὕδατος.
帝国の全権を握った人が、いちばん熱心に手紙を書き送った相手は、自分だった。『自省録』は古代には題名を持たず、のちに「自分自身へ」と呼ばれている。人に見せる言葉ではなく、自分に言い聞かせる言葉として書かれた。
意匠:小脇に抱えた蝋板。皇帝の印章も軍の命令も書かれておらず、宛名の欄には自分の名前だけがある
あなたへ
あなたはたぶん、起きてしまったことを何度も再生してしまう人です。あの一言、あの決定、あの失敗。考えても変わらないと分かっているのに、夜になるとまた最初から始まる。マルクス・アウレリウスは、そこで気を強く持てとは言いません。いま自分を削っているのは出来事そのものなのか、それとも出来事についての自分の判断なのか、と先に分けにかかります。分けたうえで、判断のほうなら今すぐ消せる、と続けます。彼は疫病と戦争のただ中で、この覚え書きを自分宛に書いていました。嵐が止むのを待ってから書いたのではありません。
この人はこう考えた
マルクス・アウレリウスは、ローマ皇帝として19年を過ごした人です。ただしその治世は平穏ではありませんでした。東方から帰還した軍隊が疫病を持ち帰り、それは長く帝国中で猛威をふるいます。北のドナウ国境ではゲルマン諸部族との戦いが続き、彼は生涯の後半の多くを陣営で過ごしました。『自省録』は、その最中に書かれています。読者に向けた著作ではなく、ギリシア語で書かれた自分宛の覚え書きです。だから体系だった理論はありません。同じことが何度も、少しずつ言い方を変えて繰り返されます。裏を返せば、彼が何度も自分に言い聞かせなければならなかったことが、そのまま残っているということです。皇帝でも一度では身につかなかった、という記録として読めます。
こういうときは、この言葉
言われた一言が、何日たっても抜けないとき
「外のことで苦しんでいるなら、あなたを乱しているのはその出来事ではなく、それについてのあなたの判断だ。そしてその判断なら、今すぐ消すことができる」
Εἰ μὲν διά τι τῶν ἐκτὸς λυπῇ, οὐκ ἐκεῖνό σοι ἐνοχλεῖ, ἀλλὰ τὸ σὸν περὶ αὐτοῦ κρῖμα, τοῦτο δὲ ἤδη ἐξαλεῖψαι ἐπὶ σοί ἐστιν.
— 『自省録』第8巻 47
相手を変えるより先に、消せるものが一つ手元にある、という話。まず、出来事と判断のどちらに苦しんでいるのかを、紙の上で二つに分けてみる。
やられた分をやり返したくなったとき
「仕返しのいちばん良い方法は、相手と同じにならないことだ」
Ἄριστος τρόπος τοῦ ἀμύνεσθαι τὸ μὴ ἐξομοιοῦσθαι.
— 『自省録』第6巻 6
我慢しろとは言っていない。やり返さないことを、報復の一種として数え直している。損得の計算のほうが変わる。
悪いほうの想像ばかりが続くとき
「繰り返し思い描くことが、そのままあなたの心の形になる。魂は思いに染まるからだ」
Οἷα ἂν πολλάκις φαντασθῇς, τοιαύτη σοι ἔσται ἡ διάνοια· βάπτεται γὰρ ὑπὸ τῶν φαντασιῶν ἡ ψυχή.
— 『自省録』第5巻 16
気の持ちようの話ではなく、染色の話をしている。何に浸っている時間がいちばん長いかを、数えるところから始まる。
どこか遠くへ行ってしまいたいとき
「人が引きこもれる場所のうち、自分自身の魂の中ほど静かで、煩いの少ないところは、どこにもない」
οὐδαμοῦ γὰρ οὔτε ἡσυχιώτερον οὔτε ἀπραγμονέστερον ἄνθρωπος ἀναχωρεῖ ἢ εἰς τὴν ἑαυτοῦ ψυχήν.
— 『自省録』第4巻 3
旅に出るなとは書いていない。行き先が用意できない日のために、退ける場所を一つ増やしているだけ。
いつか本気を出そう、と思っているとき
「一万年も生きるつもりで振る舞うな。定めはすぐ頭の上に垂れ下がっている。生きているうちに、まだできるうちに、善き人になれ」
Μὴ ὡς μύρια μέλλων ἔτη ζῆν. τὸ χρεὼν ἐπήρτηται· ἕως ζῇς, ἕως ἔξεστιν, ἀγαθὸς γενοῦ.
— 『自省録』第4巻 17
善い人になる方法は書かれていない。書かれているのは期限のほうだけ。だから今日できる一つに落とすしかなくなる。
入口になる本
入口
マルクス・アウレリウス 自省録 ― 他者との共生はいかに可能か
岸見 一郎(NHK出版、2023年2月、157ページ)
『自省録』は断片が延々と続く本なので、いきなり原典に当たると、どこを読んでいるのか分からなくなります。この本は放送のテキストをもとに、主題ごとに区切って解説を付けたものです。皇帝という立場と、自分宛の覚え書きという形式が、どう結びついているのかを先に掴めます。100ページ台で、最初の1冊としては軽いほうです。
まず読むなら他者との関係を扱う章から。このページの「仕返しのいちばん良い方法は」に近い話が出てきます
読み終えると『自省録』のばらばらの断片が、繰り返し同じ問題に戻っている記録として見えるようになる
向かないのは原文を自分で確かめたい人。解説書なので、全文は載っていません。また訳と解釈は著者のもので、このページの訳文とは言い回しが違います
本命
自省録
マルクス・アウレーリウス/神谷 美恵子 訳(岩波書店、2007年2月改版、327ページ)
このページの引用と格言5件は、すべて『自省録』から採りました。全12巻の全文が入っていて、巻と節の番号が振ってあるので、気になった一句を自分の目で確かめられます。訳者は長く精神科医として働いた人で、その経歴が訳の手ざわりに出ています。1冊で原典まで戻れる本です。
まず読むなら第4巻から。このページの引用「岬のようであれ」と、遠くへ行きたくなったときの一節が、どちらもこの巻にあります
読み終えると座右の銘として切り取られてきた一句が、もともと誰に向けて書かれたものだったのかが分かる
向かないのは筋の通った議論を読みたい人。同じ話が何度も出てくるので、通読して結論に向かう読み方には向きません。奴隷制など当時の前提もそのまま出てくるため、すべてを現在の規範として読むことはできません
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