迷う時間があるなら、もう手を動かしている
「運命は、私たちの行いの半分を支配している。しかし残りの半分、あるいはそれに近い分は、私たちに任せている。そう考えてよいと私は思う」
— 『君主論』第25章iudico potere essere vero che la fortuna sia arbitra della metà delle azioni nostre, ma che etiam lei ne lasci governare l'altra metà, o presso, a noi.
ニッコロ・マキアヴェッリは、1469年にフィレンツェに生まれました。1498年、二十九歳で共和国の第二書記局長に就き、以後十四年ほど、外交の使者として各地をまわり、市民による軍の編成にも携わっています。実際に交渉の席に座り、約束が破られる場面を何度も見た人です。1512年、メディチ家がスペインと教皇の軍を背に復帰し、共和国政府は解体されました。彼は職を解かれます。翌1513年の初め、メディチ家への陰謀に加わったと疑われ、投獄されて拷問を受けました。嫌疑は事実ではありませんでした。釈放された彼は、フィレンツェ郊外の所有地に引っ込みます。『君主論』はその年の末に書かれました。復職を求めて献上したものでしたが、望んだ職は戻ってきません。本が世に出たのは1532年、彼が死んで五年後のことです。1527年、五十八歳で亡くなりました。
「ローマ人は、不都合を遠くから見て、いつも手を打った。戦を避けるために、それが進むに任せることは決してしなかった。戦は消えてなくなるのではなく、ただ他人に有利なかたちへ先送りされるだけだと知っていたからだ」
e' Romani, vedendo discosto l'inconvenienti, vi rimediorono sempre; e non li lasciorono mai seguire per fuggire una guerra, perché sapevano che la guerra non si lieva, ma si differisce a vantaggio d'altri.
先送りしても無くならない、では止めていない。先送りした分だけ相手の条件がよくなる、まで書いている。待つことにも値段が付くという話。
「これは医者が消耗熱について言うのと同じことだ。初めのうちは治しやすいが、見つけにくい。時が経ち、初めに気づかれもせず手当てもされなかったものは、見つけやすくなり、そして治しにくくなる」
Et interviene di questa come dicono e' fisici dello etico, che nel principio del suo male è facile a curare e difficile a conoscere, ma nel progresso del tempo, non l'avendo in principio conosciuta né medicata, diventa facile a conoscere e difficile a curare.
原語の etico は当時の言葉で、じわじわ衰弱していく熱病を指す。誰の目にもはっきりしてから動く、と決めている限り、動けた時期はもう過ぎている。見つけにくい段階で動けるかどうかだけが分かれ目になる。
「私には、物事について想像されたことよりも、実際に起きていることのほうを追うのが役に立つと思われた。実際には見られも知られもしなかった共和国や君主国を、多くの人が想像してきた。だが、人がどう生きているかと、どう生きるべきかとは、あまりに隔たっている。なされていることを捨てて、なされるべきことのほうを取る者は、身を保つどころか、破滅を学ぶ」
mi è parso più conveniente andare drieto alla verità effettuale della cosa che alla immaginazione di essa. E molti si sono immaginati republiche e principati che non si sono mai visti né conosciuti essere in vero; perché elli è tanto discosto da come si vive a come si doverrebbe vivere, che colui che lascia quello che si fa per quello che si doverrebbe fare, impara più tosto la ruina che la preservazione sua.
理想を捨てろ、とは書いていない。どちらを足場にして次の一歩を出すか、という順序の話。足場を取り違えると、理想のほうも一緒に倒れる。
「へつらいから身を守る方法は、ほかにない。本当のことをあなたに言っても気を悪くされない、と人々が分かること。それだけだ。しかし誰もが本当のことを言えるとなると、今度はあなたへの敬意が失われる」
non ci è altro modo a guardarsi dalle adulazioni, se non che li uomini intendino che non ti offendino a dirti el vero; ma quando ciascuno può dirti el vero, ti manca la reverenzia.
両方は立たない、と正直に認めている。彼の答えは全員に開くことでも閉ざすことでもなく、数人を選んでその人たちにだけ何でも言う権利を渡す、という折り合いだった。誰に渡すかを決めるところまでが仕事になる。
「したがって、こう結論される。よい助言は、誰から出たものであれ、君主自身の思慮から生まれるのであって、よい助言から君主の思慮が生まれるのではない」
si conclude che li buoni consigli, da qualunque venghino, conviene naschino dalla prudenzia del principe, e non la prudenza del principe da' buoni consigli.
集めれば決まる、という順序をはっきり逆さにしている。何を誰に聞くかを決められる人だけが、返ってきた答えを使える。相談して迷いが増えるのは、順序が逆になっているとき。