嵐の只中でも、海図を畳まない
「有限とは吾人自己の事なり」
— 『清沢満之全集』
東京大学の哲学科を首席で卒業し、若くして校長になった。その地位を27歳で捨て、「ミニマム・ポッシブル」と名づけた極限の生活を始める。頭の中の哲学では人の苦しみは解けないと考えたからだ。結核で死に直面した末に彼が書いたのは、人間は有限であり、自力ですべてを制御することはできない、という一行だった。諦めではなく、そこから始まる安心がある。
「言葉を慎まねばならぬ、行いを正しくせねばならぬ、法律を犯してはならぬ、道徳を破ってはならぬ。こうした義務だけでも、実行するのは決してたやすいことではない。真面目にやり遂げようとすれば、最後は「不可能」という嘆きに行き着くほかない」
言葉を愼まねばならぬ、行を正しくせねばならぬ、法律を犯してはならぬ、道徳を壞りてはならぬ(中略)之を實行することは決して容易のことでない。若し眞面目に之を遂行せんとせば、終に「不可能」の歎に歸するより外なきことである
死の12日前に書かれた文章である。真面目な人ほど「不可能」に突き当たる、と本人の経験として書いている。
「「知らないことを知らないとせよ、それが知るということだ」とは、まことに人間の知恵の頂点である」
「知らざるを知らずとせよ、是れ知れるなり」とは、實に人智の絶頂である
孔子の言葉を引いている。分からないと認めることを、彼は敗北ではなく到達点と呼んだ。
「以前は、真理の基準や善悪の基準が分からなくなっては天地も崩れ社会も治まらぬように思っていた。いまは、真理の基準や善悪の基準が人の知恵で定まるはずがないと決着している」
私も以前には、眞理の標準や善惡の標準が分らなくなつては、天地も崩れ社會も治まらぬ樣に思うたることであるが、今は眞理の標準や善惡の標準が、人智で定まる筈がないと決着して居りまする
基準を作り直した話ではない。基準が無いことに耐えられるようになった、という報告である。
「自分には何も分からない、となったところで、一切のことを挙げて、ことごとくこれを如来に信頼する。それが私の信念の要点である」
我には何も分らないとなつた處で、一切の事を擧げて、悉く之を如來に信頼する、と云ふことになつたのが、私の信念の大要點であります
考えるのをやめた話ではない。考え尽くして頭の上げようがなくなった、その先の話だと本人が書いている。