哲学者図鑑
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寄り添う灯台

動かないことで、誰かの目印になる

ノリッジのジュリアンの似顔絵

ノリッジのジュリアン

1342年頃〜1416年以降(イングランド) / 嵐は来る。沈むとは言っていない

「嵐に遭うことはない、とは言われなかった。骨を折ることはない、とも、苦しむことはない、とも言われなかった。言われたのは、打ち負かされることはない、ということだった」

— 『神の愛の啓示』第68章

He seid not, Thou shalt not be tempestid, thou shalt not be travelled, thou shalt not be disesid, but He seid, Thou shalt not be overcome.

彼女は教会の壁に付いた小部屋で後半生を過ごした。自分から誰かに会いに行くことはできない。それでも彼女の書いたものは六百年読み継がれている。動かないと決めた人のほうへ、世界の側が歩いてくることがある。
意匠:壁にうがたれた小さな窓がひとつ。彼女の側に取っ手はなく、掛かった布は外からしか開かない

あなたへ

あなたはたぶん、いつ終わるのか分からないものの中にいます。治りきらない体か、介護か、職場か、名前のつかない停滞か。周りは「いつかよくなる」と言い、その言葉がいちばん効きません。ジュリアンは、嵐が来ないほうには賭けませんでした。彼女が書き留めたのは、遭わずにすむと言われたのではなく、沈まないと言われた、という区別のほうです。彼女自身、三十歳で死にかけ、そのあとの人生を教会の壁の中の小部屋で過ごしています。出口は示されていません。示されているのは、そこから動かないまま、同じ体験を二十年以上かけて書き直した人がいる、という事実だけです。

この人はこう考えた

ノリッジのジュリアンは、十四世紀のイングランドに生きた女性です。1373年5月、三十歳のときに重い病で死にかけ、その床で一連の幻を見ました。回復したあと、彼女はまずそれを短く書き留めます。そして二十年から三十年をかけて、同じ体験をはるかに長い本へ書き直しました。急いで意味を出さなかったのです。「ノリッジのジュリアン」という名は、彼女が後半生を過ごした聖ジュリアン教会に由来します。アンカレス(女性の隠遁者)は教会の壁に付いた小部屋に入り、そこから出ずに暮らしました。外との接点は壁の窓だけです。その小部屋から一歩も動かなかった人の書いたものが、六百年たっても読まれている。本文には同じ言葉が何度も戻ってきます。「すべてはよくなる」。その意味が自分に分かるまで十五年かかった、と彼女自身が書いています。

こういうときは、この言葉

取り返しのつかないことをした、と思うとき

「罪は避けて通れない。けれども、すべてはよくなる、すべてはよくなる、ありとあらゆることが、よくなる」

Synne is behovabil, but al shal be wel, and al shal be wel, and al manner of thyng shal be wele.

— 『神の愛の啓示』第27章

「なかったことになる」とは書いていない。罪をそのまま数に入れたうえで、行き先だけを別に言っている。消すことと、よくなることは別だと分かると、手のつけ方が変わる。

自分のしていることが、あまりに小さく思えるとき

「私は驚いた。こんなに小さいのだから、すぐに崩れて無くなってしまいそうに思えたからだ。すると答えがあった。これは続く、これからもずっと続く。神がこれを愛しているからだ」

I mervellid how it might lesten, for methowte it might suddenly have fallen to nowte for littil. And I was answered in my understondyng, It lesteth and ever shall, for God loveth it.

— 『神の愛の啓示』第5章

手のひらに乗る榛の実ほどのものを見せられ、これが「造られたものすべて」だと告げられた場面。続く理由のほうに、大きさが一度も出てこない。

調子の波に振り回されて、自分が信用できないとき

「苦しいときも、よいときも、神は同じだけ確かに私たちを保っている。それを知ってほしいと神は望んでいる」

God wille we knowen that He kepyth us even alike sekir in wo and in wele.

— 『神の愛の啓示』第15章

彼女はこの喜びと苦しさの入れ替わりを「二十回ほど」と数えている。数えた人の言葉なので、波があること自体が前提に入っている。

答えが出ないまま、何年も過ぎてしまったとき

「十五年あまりのち、私は霊の理解のうちにこう答えられた。「この事において主の意味を知りたいか。よく知れ、愛がその意味だった」」

And fifteen yer after and more I was answerid in gostly understonding, seyand thus: Woldst thou wetten thi Lords mening in this thing? Wete it wele, love was His mening.

— 『神の愛の啓示』第86章

十五年かかったことを、彼女は失敗として書いていない。同じ章の冒頭では、この本はまだ完成していない、とも書いている。期限を切らないほうが正確なこともある。

強くあれと言われ続けて、もう疲れたとき

「神が私たちの父であるのと同じだけ確かに、神は私たちの母である」

As veryly as God is our fader, as verily God is our Moder.

— 『神の愛の啓示』第59章

十四世紀に、神を母と呼んだ一文。比喩として軽く添えたのではなく、父と同じ重さで並べている。誰に頼ってよいかの像は、自分で作り直してよいということ。

入口になる本

入口
中世思想原典集成15 女性の神秘家
上智大学中世思想研究所 編(平凡社、2002年4月、1061ページ)
ジュリアンの『神の愛の啓示』を、中世ヨーロッパの女性たちの著作18篇と並べて収めた大冊です。ビンゲンのヒルデガルト、マクデブルクのメヒティルト、マルグリット・ポレート、シエナのカタリナ、マージェリー・ケンプが同じ一冊に入っています。ジュリアンが壁の中にただ一人いた例外ではなく、書く女性たちの列の中にいたことが、目次を見るだけで分かります。ジュリアンの部分は839〜890ページで、そこだけ読むこともできます。
まず読むならジュリアンの章から。読み終えたら同じ巻のマージェリー・ケンプに移ると、同じ時代に自分の体験を書き残した女性がもう一人いたことが分かります
読み終えると「壁の中の一人の女性」という像が崩れ、中世ヨーロッパに書く女性の系譜があったことが分かる
向かないのはジュリアンだけを読みたい人。10,000円・1061ページの合集で、彼女の占める割合は52ページ分です。手元に置くより図書館で開くほうが現実的です
本命
神の愛の啓示
ノリッジのジュリアン/内桶 真二 訳(大学教育出版、2011年12月、178ページ)
ジュリアンの『神の愛の啓示』を単独で一冊にした、数少ない日本語訳です。底本はマリオン・グラスコー編の中英語版。各章には「この章では何が語られるか」を示す見出しが付いていて、これは原文がもともと持っている構造です。頭から順に読まなくても、どこを読んでいるのか見失いません。合集の一部としてではなく、彼女の本そのものとして読める点がここだけの価値です。
まず読むなら目次で章の見出しを眺めて、引っかかった章に直接飛ぶ読み方が向いています。通読を前提にした本ではありません
読み終えると「すべてはよくなる」が、痛みを無かったことにする言葉ではなく、痛みを数に入れたうえで言われた言葉だと分かる
向かないのはすぐ手に入れたい人。版元では品切れで、電子版もありません。古書か図書館を当たることになります。またキリスト教の語彙になじみがないと読みにくく、罪・恩寵・三位一体といった言葉が説明なしに出てきます。訳と解釈は訳者のもので、このページの訳文とは言い回しが違います
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