哲学者図鑑
理・変・他・先
静かな革命家

声を荒げずに、世界の前提を疑う

シモーヌ・ド・ボーヴォワールの似顔絵

シモーヌ・ド・ボーヴォワール

1908年〜1986年(フランス) / 性格ではなく、状況を疑う

「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」

— 『第二の性』第2巻「体験」第1部 第一章「幼年期」(1949年)

On ne naît pas femme : on le devient.

できあがった状態で生まれてきた人はいない。誰もが、こうやって縫い上げられた側である。
意匠:着ている服の縫い目と仕付け糸が、すべて外側に出たままになっている

あなたへ

あなたはたぶん、何度か言われたことがあるはずです。あなたはそういう人だから、と。そして言われているうちに、自分でもそう言うようになった。気をつかいすぎる、断れない、先に謝ってしまう。もう性格の話だから直しようがない、と。ボーヴォワールなら、その性格がどこで身についたかを聞きます。誰の前でそれが出て、誰の前では出ないのか。生まれつきなら、相手によって変わらないはずではないか、と。

この人はこう考えた

ボーヴォワールは、人を説明するときに「生まれつき」を使わなかった人です。『第二の性』でしたのは、女とはこういうものだという言い分を集めて、一つずつ、いつ誰がそう扱ったのかに置き換えていく作業でした。有名な一行、人は女に生まれるのではない、女になるのだ、は励ましの言葉ではありません。事実の指摘です。だから彼女の文章は冷たく読めます。慰めず、同情もせず、あなたがそうなった経路だけを書き出していく。自分を変えたい人よりも、自分がなぜこうなのかを知りたい人に効きます。

こういうときは、この言葉

もう自分の性格だから直しようがない、と思っているとき

「非難されるその振る舞いは、ホルモンに命じられたものでも、脳の区画にあらかじめ描かれたものでもない。それは、置かれた状況が、へこみの形で示しているのだ」

Seulement les conduites que l’on dénonce ne sont pas dictées à la femme par ses hormones ni préfigurées dans les cases de son cerveau : elles sont indiquées en creux par sa situation.

— 『第二の性』第2巻「体験」第2部 第十章「女の状況と性格」(1949年)

性格を直そうとする前に、その振る舞いが誰の前で出るかを一週間だけ書き出してみる。

誰かに決めてもらったほうが楽だ、と感じているとき

「だが、それは楽な道だ。そうすることで、自分の手で引き受けた生の不安と緊張を避けられる」

Mais c’est un chemin facile : on évite ainsi l’angoisse et la tension de l’existence authentiquement assumée.

— 『第二の性』第1巻「事実と神話」序論(1949年)

楽であることは間違いの証拠ではない。ただ、何と引き換えの楽さなのかを一度だけ確かめておく。

相手のために我慢しているのに、報われないと感じるとき

「弱さからではなく強さから、自分から逃げるためではなく自分を見つけるために、身を退けるためではなく自分を打ち出すために愛せるようになった日、愛は命の源になり、死に至る危険ではなくなる」

Le jour où il sera possible à la femme d’aimer dans sa force, non dans sa faiblesse, non pour se fuir, mais pour se trouver, non pour se démettre, mais pour s’affirmer, alors l’amour deviendra pour elle comme pour l’homme source de vie et non mortel danger.

— 『第二の性』第2巻「体験」第3部 第十二章「恋する女」(1949年)

相手のために何をやめたかではなく、相手といる間に何を続けられたかを数え直す。

養ってもらっている引け目で、言いたいことが言えないとき

「隔たりを大きく越えてきたのは、労働によってである。具体的な自由を保証しうるのは、労働だけだ」

C’est par le travail que la femme a en grande partie franchi la distance qui la séparait du mâle ; c’est le travail qui peut seul lui garantir une liberté concrète.

— 『第二の性』第2巻「体験」第4部 第十四章「自立した女」(1949年)

自由の話をいったん止めて、来月自分の手で入る金額を紙に書く。話はそこからになる。

こういうものだと自分に言い聞かせて、諦めかけているとき

「自分の置かれた状況の限界を拒み、未来への道を自分で開こうとしなければならない。あきらめは、放棄であり逃走でしかない」

il faut qu’ils refusent les limites de leur situation et cherchent à s’ouvrir les chemins de l’avenir ; la résignation n’est qu’une démission et une fuite.

— 『第二の性』第2巻「体験」第2部 第十章「女の状況と性格」(1949年)

諦めを決める前に、その限界を誰が決めたものなのかを一つだけ調べる。

入口になる本

入口
娘時代 ある女の回想
シモーヌ・ド・ボーヴォアール/朝吹 登水子 訳(紀伊國屋書店、1987年1月、342ページ)
思想の本ではなく、生い立ちから知的な目覚め、サルトルとの出会いまでを書いた自伝の第一部です。彼女がどんな家庭で「女はこうするもの」を教わり、どこでそれを疑いはじめたのかが、順を追って読めます。理屈より先に経路が分かります。
まず読むなら少女時代の家庭の場面から。章ごとに時期が進むので、途中からでも迷いません
読み終えると「人は女になる」という一行が、抽象論ではなく本人の実体験を指していることが分かる
向かないのは結論だけを早く知りたい人。自伝なので、思想の要約はどこにも書かれていません
本命
決定版 第二の性 2 体験(上)
ボーヴォワール/『第二の性』を原文で読み直す会 訳(新潮文庫、2001年4月、493ページ)
このページの引用と、格言5件のうち4件はこの巻から採りました。「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」で始まり、幼年期から順に、人がどう作られていくかを一段ずつたどります。省略のあった旧訳を原文から訳し直した版です。残る1件の出典である第1巻「事実と神話」も、同じ新潮文庫に入っています。
まず読むなら第一章「幼年期」から。冒頭の一行がそのまま本全体の主張なので、ここだけでも成立します
読み終えると自分の反応のどれが持って生まれたもので、どれが後から教わったものかを、分けて考えられるようになる
向かないのは短時間で読み切りたい人。上下2冊で900ページを超えます。また、事例の多くは1940年代のフランスのもので、そのまま現在の日本には重なりません
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